相続放棄
何らかの理由で相続を希望されない場合は,一定期間内に相続放棄の手続をとる必要があります。
期限内であれば相続を放棄することは自由です。
相続の発生
親族の方が亡くなると,亡くなったときに所有していた財産(負債を含む)が遺産となり,直ちに相続が開始します。
亡くなった方のことを被相続人と呼びます。そして遺産を相続する人を相続人と呼びます。
誰が相続人となるかは法律によって決まっています。これを法定相続人といいます。
まず配偶者は常に相続人となります。相続発生時に離婚している元配偶者は含みません。
配偶者がいてもいなくても,次の順位の通りに法定相続人が決まります。配偶者がいる場合は配偶者と同順位の共同相続人になります。
1 子(既に亡くなっている場合は孫)
2 直系尊属(親や祖父母)
3 兄弟姉妹(既に亡くなっている場合は甥姪)
1がいない場合は2,2がいない場合は3が法定相続人となります。
なお遺言によって遺産の全部または一定割合を遺贈された場合(包括遺贈)は,受遺者は法定相続人と同様,相続放棄をするか期限内に決める必要があります。
法定相続人は配偶者+(1子→2親→3兄弟姉妹)
遺産の調査
相続人となった方は相続を受けるかそれとも放棄するか決めるためにも,遺産の調査をする必要があります。
遺産の調査を一括して行う方法はありません。
遺品や郵便物から地道に預金口座や証券会社の口座を調査します。
不動産については固定資産税の課税明細書などから調査を行います。ただ,課税明細書には非課税の私道などが記載されていない可能性がありますので,名寄帳を取るほうが確実です。
生命保険は生命保険契約照会制度というものがあり,一括での調査が可能です。
もし生前に相続の話をする機会があれば,遺言を書かない場合でも,遺産の目録を作っておいてもらうだけで調査がずっと楽になります。
なお,生命保険や死亡退職金は相続税の課税対象にはなりますが,多くの場合は遺産とはならず,通常相続放棄をしても受け取ることが可能です。
負債についても調査をしなければなりませんが,こちらも一括してすべての負債を調べる方法はありません。
金融機関やカード会社からの借入は信用情報機関に情報開示を求めることができます。
また口座の明細や請求書・督促状などから見当をつけることはできます。
しかし個人からの借入や保証債務などは相続人が調査することには限界があります。
調査は地道に。負債の調査は難しい。
相続放棄の手続
遺産の調査をした結果,債務超過におちいっていたり,処分の難しい不動産などがあって,相続を希望しない場合は,一定期間内に相続放棄の手続をとる必要があります。
相続放棄は管轄の家庭裁判所に対してその旨の申述をします。
期限は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内です。この期間を熟慮期間とよびます。
被相続人が亡くなったことに加えて,自分が相続人となったこと,つまり先順位の法定相続人がいる場合はその相続人が亡くなっていることや相続放棄をしたことまで知っている必要があります。
被相続人が亡くなったことは知っていたが,遺産(負債)がないと信じていたため相続放棄をしなかったところ,3か月を過ぎたあとで負債が発覚した場合,その負債を知った時から3か月以内なら相続放棄ができるかという問題があります。事案によりますが認められるケースも多くあります。
3か月以内に調査が終わらず放棄をするか決められない場合は,家庭裁判所に期間の伸長を求めることができます。
どうしても負債があるかわからないときは,資産の範囲で負債を返せば良い限定承認という方法もありますが,現状あまり利用されていません。
3か月以内に申述書を提出すればOK
相続放棄の効果
相続放棄をするとその相続人ははじめから相続人にならなかったものとみなされます。
したがって財産も負債も一切相続することはなくなります。前述の通り遺産にあたらない生命保険などは相続放棄をしても受け取れます。
相続人の人数が減る分,他の相続人の相続分が増えます。
相続放棄の結果,配偶者を除き同順位の法定相続人がいなくなれば,次順位の法定相続人が相続人となります。
子が相続放棄をした場合は,孫ではなく直系尊属(親や祖父母)が相続人となりますのでご注意下さい。
同様に,兄弟姉妹が相続放棄をしても,甥姪は相続人にはなりません。
次順位の法定相続人には通知を出すことも検討されると良いでしょう。
債権者から請求が来た場合は,裁判所から受け取った相続放棄申述受理通知書などを示して相続放棄をしたことを伝えましょう。
放棄をすると次順位の相続人にまわっていく!
相続人全員が相続放棄したら
相続人全員が相続放棄をしたらどうなるのでしょうか。
遺産がなければ良いですが,遺産がある場合は,その遺産の管理をどうするか考えなくてはいけません。
実は相続放棄をしたからといって,すぐに遺産と無関係になるわけではありません。
相続放棄をした相続人は,他の相続人が管理を始められるまで,自分で遺産を管理しなければなりません。
他の相続人がいる場合は管理を引き継げばよいですが,全員が相続放棄してしまうとそれもできません。
理屈のうえでは相続財産管理人を選任して管理を引き継ぐのですが,通常はそこまではやりません。相続財産管理人の選任には東京の場合100万円程度の予納金が必要となりますので,どうしても必要な場合を除いては相続放棄のみして終了するのが現状です。
遺産を管理するというのは基本的には遺産を不用意に減らさないようにすることを意味します。
例えば不動産が老朽化したとしても修繕したりする義務があるわけではありません。
また,あくまで管理の義務は他の相続人に対して負うものであって,近所の住人などに対して管理する義務を負うわけではありません。
遺産はあるが自分は相続を希望しない場合
遺産を一部の相続人に相続させ,自分は相続を希望しないという場合は,わざわざ相続放棄をしなくとも,その旨の内容の遺産分割協議をすることで足りることもあります。
不動産の名義も上記のように遺産分割協議書を作ったり,特別受益証明書を利用して相続登記をすることは可能です。
ただ,負債がそれなりにある場合,他の相続人が借金を返済してくれないと,自分は相続していなくとも借金の返済だけは求められる可能性があります。したがって,債権者との間で話がついていない場合は念のため相続放棄をしておく方が良いこともあります。
相続放棄ができない場合
前述の通り熟慮期間を過ぎてしまうと相続放棄はできません。
その他にも,放棄をする前に遺産を処分していると相続放棄ができなくなります。
また,相続放棄をしたあとでも,遺産を隠したり消費したりすると放棄が無効になることがあります。
実際はゴミの処分などをする必要がでてくるでしょう。形見分けは行き過ぎると放棄ができなくなることがありますのでご注意ください。
亡くなった方の医療費の支払いや年金の返金などを死後に行うこともありますが,そのような行為は保存行為として認められることが多いでしょう。
葬儀費用を遺産の中から出した後に相続放棄ができるかという問題がありますが,認めている裁判例もあります。